第7章 臨時総会で可決!
集まらない委任状
臨時総会2週間前に議案書を発送し、その後は出席票や委任状の提出期限を設定して本格的な準備に入りました。
しかし、臨時総会ということもあり委任状が集まりません。この議案は特別多数決による決議として区分所有者と議決権の各3/4以上の賛成が必要です。
100戸以上のマンションでしたが3日前になっても集まった議決件数は、出席票と委任状で70個以下。
このままでは可決することができず今までの苦労が水の泡です。
外部居住の区分所有者に対しては管理会社から電話によるフォロー、居住区分所有者に対しては役員と管理員さんも一緒になって必死の呼びかけをし、委任状集めを行いました。
そしてみんなの努力の甲斐があって、前日になって出席者と委任状の数がようやく3/4を突破しました。これで一安心です。
そして、可決
総会当日は、管理規約及び関連する細則の審議からスタートしましたが、特段の異議もなく順調に進みました。
いよいよ岡本さんに関する議案です。岡本さんには総会当日まで「弁明する機会」を与えましたが、結局、連絡はありませんでした。
理事長が提案趣旨を説明すると数人の方から質問が出ました。主な質問内容は「岡本さんとは全く連絡が取れないのか?」、「この議案が可決された後の手続きはどうなるのか?」、「本当に滞納している金額が回収できるのか?」などで特別難しい質問は出ませんでした。
理事会としても、あまり例がない経験なので正直って成り行きの予想が付かないことを説明し、その他のことについて、山田理事長や私が丁寧に回答しました。
当然、反対する人もなく全員一致で可決しました。また、当日の議案にはもう一つ私にとって重要な議案が含まれていました。
それは、「マンション管理士重松秀士を区分所有法第25条に規定する管理者に選任する。」というものです。
以前にも書きましたがこのマンションは比較的滞納が多いので、今後も法的措置を実施する場合があります。しかし、そのたびに山田理事長が会社を休み裁判所に行くことは大変なので、私を管理者として選任し、業務を果たしてもらおうということです。
私に与えられた管理者としての権限は、「滞納者に対する法的措置の実施」のみで、その他の権限はありません。
といっても、このような提案は、管理組合と私の間に信頼関係がないと実施できないことであり、私の責任もとても重くなります。
しかし、今度は当事者として堂々と法的措置が私の名前で実施できることになりますので今までよりも効率よく動くことができるようになりました。もっとも、私が管理者として働く必要がないほうが管理組合にとっては一番いいのですが…(つづく)
第6章 臨時総会の開催に向けて
まずは「あらゆる手段は尽くした」実績作りから
この法律は、区分所有者の所有権を管理組合の意思で競売してしまうことができる法律ですから、濫用は許されません。
あらゆる手段を尽くして、もうどうしようもない場合に始めて適用できる法律です。
ですから理事会は「あらゆる手段」を尽くしたという実績作りから開始しました。まずは、債務名義(仮執行宣言付支払督促)に基づく強制執行です。
マンション以外に岡本さんの財産は調べられませんでしたが、唯一分かったのがローン返済用の銀行口座でした。私達は無駄と知りつつ、岡本さんの預金口座の差し押さえを千葉地方裁判所に申立てることにしました。
私は過去に自分のマンションや別の顧問先のマンションで「家賃差押」や「給料差押」を実施した経験がありましたが「預金口座差押」は初めての経験でした。
しかし、理事長と一緒に地裁の担当者と打ち合わせ、何とか申立書を作成し実施することができました。
私は当事者ではないし、弁護士資格を持っているわけでもないので、一人で動くことにはかなりの制限がありましたが当事者である理事長が一緒に行動してくださったのでとても助かりました。
預金残高は400円!
「差押命令」が銀行に送達され、銀行から送られてきた「陳述書」によると、該当する預金口座があることと、凍結された残高は約400円であるとのことでした。
1万円近くの費用をかけて回収可能な債権はたった400円。しかし、私も山田理事長もめげません。
当初から予想されたことです。金額が目的ではなく「管理組合は債権回収のために努力した。」という実績を作ることが目的です。
そして、これ以上のコストをかけないために「強制執行の取り下げ」を申立て、いよいよ次のステップへと移ります。
臨時総会の開催と「弁明する機会」
以前に述べたとおり、区分所有法第59条を申し立てるには総会決議が必要です。
しかし、この年は事業計画の一つとして管理規約の改正を実施していました。そして、最終案が出来上がったので臨時総会を開催して規約改正をすることが決まっていました。
理事長は、開催予定の臨時総会でこの件も議案として提案したい考えで、私もそれがいいのではないかと思いました。
私もこのような経験は初めてなので、議案の作成にも結構戸惑いましたが、いろいろ考えて何とか作成しました。
又、議案作成と共に重要なことが「弁明する機会」です。これも区分所有法に定められており、相手方の岡本さんに、弁明するチャンスを与えなければならないのです。
比較的簡単な文書を作成して、ネットワークを組んでいる弁護士さんに見てもらい何とか完成です。
内容証明郵便で送ってもどうせ相手が受け取らないことが分かっているので、「普通郵便」、「館内2箇所の掲示板に掲示」、「郵便受けへの投函」の3つの方法で実施しました。…(つづく)
第5章 債務名義はとったけれど… ~いよいよ管理組合としての決断
債務名義はとったけれど…
申立てから3ヶ月以上たって、ようやく管理組合の「法的措置第1弾」が完了しました。
管理組合にも「仮執行宣言付支払督促」の正本(いわゆる「債務名義」)が送達され、いつでも強制執行をすることが可能となりました。
また、申し立てた日に遡り時効が中断します。しかも今度は一般債権として10年間は時効にかかることはありません。
しかし、私も山田理事長もなぜか満足感はありませんでした。
理由は、簡単に考えていた「支払督促」が、相手の抵抗?により、思った以上に時間がかかり、私も山田理事長も結構疲れたこと。
そして、債務名義は勝ち取ったものの、この3ヶ月間で分かったことは岡本氏には差押え可能な財産がないことや勤務先も不明なことなどでした。
とりあえず山田理事長と相談してしばらく様子を見ることにしました。
朗報!区分所有法第59条に関する画期的判決~「やぶれかぶれ」か「一か八か」
岡本氏の滞納はその後も続き一向に改善の兆しはありませんでした。
しかし、ちょうどその頃から、マンション管理関連の新聞や雑誌で区分所有法第59条による競売は「無剰余取消」はなく、抵当権は消滅するという東京高裁の判決が出されたという記事が有名になっていました。
判決を読んでいると、要するに「区分所有法第59条に基づく場合でも、抵当権が設定されている場合は管理組合に配当が回ってくることはないが、もとより競売代金から債権額を回収するものではなく、区分所有者を追い出す為のものである。」というものでした。
そして区分所有者が交代するので区分所有法第8条により次期区分所有者から滞納管理費等を回収することができます。
債務名義を取った後も私と山田理事長は悶々とした毎日が続いていましたが、ようやく元気が出てきました。
そして、「理事長、私達も区分所有法第59条を適用して岡本さんの住戸を競売することに挑戦しませんか?」と申し上げたら、理事長も「ぜひやってみたい!」と意見が一致しました。いよいよ大作戦の始まりです。…(つづく)
第4章 たかが「支払督促」と思いきや。しかし以外や以外~悪戦苦闘
やはり簡単だった「支払督促」の申立て
まず簡易裁判所の受付を訪問し、「支払督促」の申し立てについて相談しましたが、受付の女性書記官はとても親切で、申立て用紙のひな型で丁寧に説明してくれました。
添付する資料は「管理規約」「滞納額明細」「岡本さんの不動産登記簿謄本」「理事長が選任されたときの総会議事録と理事会議事録」など、結構な数でしたが、登記簿謄本は法務局で簡単に取得できますし、管理組合の書類に関しては日頃からきちんと管理していましたので準備することは簡単でした。
必要書類が全部整ったら、申立て費用としての収入印紙及び送達費用としての予納切手代合計で約3,000円程度を納付して手続が完了しました。
意外とてこずった送達手続
裁判所で受付が完了したら後は待つだけです。
受付から2~3日後には「支払督促」が岡本さんあてに発送される予定ですからそのうちに「送達完了」の書面が理事長宛に送られてくるはずでした。
しかし、送られてきたのは「不送達」の葉書でした。どうやら岡本さんが書面を受け取らず、留め置き期間満了で裁判所に返送されてきたらしいのです。
そして、休日指定で再送達の手続をするように書いてありました。仕方ないので再度裁判所に出向き、「休日送達の上申書」の書き方を教わり提出してきました。
いやな予感はしましたが、今度は大丈夫かなと思いながら待つことにしました…
またしても不送達
いやな予感どおり、またしても不送達の葉書が届きました。前回と同じ理由のようです。
今度は「付郵便」の手続をとるように書いてありました。「付郵便」?一体なんだろうと思い、またしても裁判所に出向きます。
「付郵便」というのは「書留郵便に付する。」という意味らしいです。
要するに送達場所に相手が住んでいることは間違いないが、特別送達による書面を受け取らないので、今度は書留郵便と一緒(付して)に普通郵便も送り、送られた「付郵便」を相手が見る、見ないに関係なく、書留郵便として受け取ったとみなす制度でした。
この申立てを行うには上申書のほかに「調査報告書」の提出が必要でした。
つまり、「申し立てた住所に相手が間違いなく住んでいます。」ということを管理組合が証明しなければならないのです。
この書類を作成するのには結構苦労しました。管理員さんにお願いして、電気、水道、ガスのメーターが動いていることを記録し、郵便受が普段は一杯になっているが定期的に空になっていることや、郵便受や玄関扉にきちんと表札が出ていることなどを調査し、写真も撮影しました。
更に岡本さんの住民票も取得して添付し、どうにかこうにか「調査報告書」を完成させ、裁判所に提出しました。
ようやく「送達完了」しかし、その後も苦労の連続
苦労の甲斐あって、付郵便の手続はうまく進みました。
結局、最初の申立てから2ヶ月近くたって「送達完了」の書面が送られてきました。
しかし、これで一件落着ではありません。相手が2週間以内に異議の申立てをしないことを確認したら今度は「仮執行宣言付支払督促」の申立てをする必要があります。
やはり岡本さんは2週間たっても何も申し立ててこなかったので予定通りの行動に移ります。今回の「仮執行宣言付支払督促」の申立て手続は簡単でした、費用も1,500円程度だったと記憶しています。
しかし、前回同様、相手が書面を受け取らないことがほぼ分かっていましたので前回と同じ手続をとる必要があることは事前に裁判所から言われていました。それでも、根気よく手続を実施し、「仮執行宣言付支払督促」を付郵便で送達することができました。
結局、予納している郵便切手では足りずに途中で千円程度追加しましたが、送達から2週間経てば管理組合の勝利が確定します。…(つづく)
第3章 最初は滞納区分所有者に対する「支払督促」から
内容証明郵便の送達
まずは一般的な手順を踏むことからはじめました。
岡本氏に「滞納している金額と遅延損害金」の連絡、及び「2週間以内に支払って欲しいこと」を内容証明郵便で発送しました。
管理組合の意思をはっきりと岡本氏に伝えるためです。
しかし、岡本氏は内容証明郵便を受け取る気配が全くなく、留め置き期間切れで管理組合に戻ってきました。
それならば次の手段を考えなければいけません。いよいよ具体的な法的措置の実施に入ります。理事会で決議して今回は「支払督促」を申し立てることにしました。
第2章 区分所有法第59条の意義と滞納の具体的事例
区分所有法(建物の区分所有等に関する法律)第59条とは
区分所有法第59条を説明する前に、第57条と第58条から説明しなければなりません。
区分所有法は、区分所有建物(一般的には分譲マンション)を、各個人が所有する際の権利関係や、運用ルールを定めたものです。
そして、集団でマンションの維持・管理や、生活をしていくわけですから個人として守らなければならないルールがあります。ところがそのルールを守らない人が時々現れます。(一般的に義務違反者といいます。)
そこで、区分所有法ではそのような義務違反者に対して管理組合として法的な措置をとることができる強力な定めがあります。
まず、第57条の「差止請求」です。義務違反者がいて、何回注意しても改善の可能性がない場合は裁判手続きを経て「ルールを守りなさい。違反行為をしてはいけません。」と、法的に強制できる規定です。この申立てを裁判所にするには、総会を開き、過半数決議をもって実施しなければなりません。「管理規約に違反してペットを飼って、他の居住者に迷惑をかけている。」場合や「規約で居住以外は禁止されているのに、室内で営業行為を実施している。」場合等です。
次に第58条の「使用禁止請求」です。これは、第57条に基づいて「やってはだめですよ。」と裁判によって申し渡されたにもかかわらず、相変わらず改善の兆しがない区分所有者に対して、今度は「そこで生活してはだめですよ。」ということを、同様に裁判手続きをもって実施できる規定です。
一般的には2年程度といわれていますが、その区分所有者の専有部分が使えなくなるわけですからこれは大変です。この裁判を実施するには、やはり総会の決議が必要ですが、今度は過半数ではなく、区分所有者と議決権の各3/4の賛成が必要で、かつ、違反している区分所有者に「弁明の機会」を与える手続きが必要です。
そして、第59条です。これは、今までの手続きによっても効果がない場合はいよいよ最後の手段として、違反している区分所有者の住戸を「競売」してしまうことが可能な定めです。
「所有権絶対の原則」を曲げて、個人の所有物を管理組合が「競売」してしまうわけですから濫用は許されません。
一般的には第57条、58条の手続きを経て59条の手続きをとる必要がありますが、急な危険が迫っている場合(たとえばある一部屋に暴力団の事務所が急に開設され、他の組との抗争事件に巻き込まれそうな場合)や、事案が第57条、58条になじまない場合などは、いきなり第59条を申し立ててもいいことになっています。
しかし、本件を申し立てる際のハードルはきわめて高く、第58条のときと同様に「弁明の機会」を設け、かつ総会で区分所有者及び議決権の各3/4の賛成が必要です。また、マンションの管理組合にとって第57条や58条ではどうにもならない場合に限られます。
序章(はじめに)
数少ない実施事例
私は、マンション管理士として区分所有法第59条のことは当然知っていましたが、それを実施した具体的事例は勉強不足で良く知りませんでした。
その後、判例集等を調べましたが、比較的件数が乏しく、しかもそのほとんどが「暴力団を排除する場合」でした。
今回のように、管理費等を滞納している区分所有者で、「支払う意思が全くない」、「連絡が取れない」、「差し押さえる財産が見つからない」、「勤務先も不明」、「マンションは抵当権だらけ」というような悪質な区分所有者に対しては、普通の方法ではどうにもならないと考えていましたが、区分所有法第59条を適用して解決できる可能性があるとは思っていませんでした。取り敢えず「時効の中断」しか有効な手立てはないのか…?と考えていました。
業界ニュースで知った「伝家の宝刀」
しかし、業界関連の新聞や雑誌で、悪質な滞納者に対して区分所有法第59条の競売を請求し、それが認められたという判例を知りました。
しかも、そのマンションに抵当権が設定されていても、普通の競売のように「無剰余取消」にはならないとの画期的な判決でした。さらに第1審は地元の千葉県の裁判所での判決です。
このことには、私も管理組合の理事長も勇気付けられ、「何とかやってみよう。しかも自分達で!」というところから始まりました。
今回は、私がお世話になっている管理組合で、区分所有法第59条を適用し、自分達で苦労しながら、どうにもなりそうにない滞納区分所有者を訴えたときの成り行きをストーリー風にまとめました。
ストーリーはすべてノンフィクションですが、守秘義務の関係等もあり固有名詞は仮名にしてあります。…(つづく)